このブログの理念(BSI)と僕の過去の物語 人生という最高のゲームを攻略するには?

初めまして、みさきです。

 

初めましての方も多いと思いますので、
自己紹介をさせていただきます。

 

僕は24歳の時に起業し、今現在は27歳で
インターネットを活用したビジネスの会社をやっています。

 

他にはアパレルの事業(都内に実店舗あり)や不動産
再生医療(美容、アンチエイジング)、

健康ドリンクや健康サプリメントを販売する会社などもやってたりします。

 

 

箇条書きで僕の自己紹介をしてみます。

・寝ていても収益が毎日10万を切ることがない。
月収は500万円以上
起業から1年で、労働収入で月収3000万円を達成

25歳の時、不動産売買やコンサルティングを行う会社、投資など)
資金も才能もない状態からビジネスを学び、稼げるようになる
好きな時に好きな場所へ旅行に行くという生活
ネット上の資産が勝手に利益を生み出してくれるため、
24時間自由に使うこと
が可能
本を月に20冊ほど買い、知識を高めている
得た知識を使い、ビジネスに応用して利益を最大化していく
自分のやりたいことを事業に絡めて収益化していくことができる
勉強したいこと、体験したいことにいくらでもお金を使うことができる
ビジネスを原理原則から学んだので、どの産業でも売上を上げる
ことができるようになる
同い年(26歳)で資産10億円。知識が鬼のようにある人間と出会い、
世界は広いなと思い知る
学ぶことで世界は広がっていくんだと確信する
知識をつけて自分を高めることが面白くして仕方ない

胡散臭いのを承知で書いてみました。
全て事実なので。

 

確かにこれだけ見ると、ただの怪しいやつと思うかもしれません。
でも、僕にとってこれは当たり前の世界です。

 

たまに言われるのが、
みさきは昔からビジネスの才能があったからできたとか
ビジネスに詳しかったとかです。

 

でもそんなことは全くなくて
努力し、勉強していった結果
上記のような状態にいつの間にかなっていました。

 

いろんな知識をつけたり、たくさんの人に会ったりすると、
世の中にはすごい人たちがまだまだたくさんいる
ということを思い知って、
自分はなんて井の中の蛙だったんだ…
と悔しい思いをすることが今でも多々あります。

 

 

また、現状だけ話すと
昔からさぞ優秀だったとか
勘違いされることもありますが

学生時代は僕はむしろかなり堕落していた学生でした。

 

 

学校は毎日のように遅刻し、成績は赤点続き。
高校では毎年進級できるかも危うく、
大学受験が控えていた高校3年の冬でさえ、
そもそも卒業できるのか?w
といった感じで追試を受けたりしていました。

 

 

それもあって大学受験1年目は全落ちし浪人。
浪人時代も勉強は全くせず、
結局偏差値1も上がらなかったので

現役時代でも受かったであろう大学へ行き
行ったはいいものの、やる気が全く起きず、留年。
その翌年も留年しました。

 

 

大学へ入学してからは
とにかくたくさんお金が欲しかったので
アルバイトの面接をたくさん受けたりしていましたが

なかなか面接は受からず、
また受かったとしても、継続し続けることが億劫になり
すぐにやめたりバックレるということを繰り返していました。

 

 

ついには、お金が底をつき
学生ローンやクレジットカードのリボ払いを使い
借金までして
趣味の洋服を買いあさるという愚行。

 

多重債務で、返済不能の状態となり
家に催促の電話が来たりしていました。

 

親には
お前は社会不適合者だ
なんて
言われたりしていた。

 

そんな社会不適合者に近い状態から起業し、
今では何もしなくとも、
月に500万円以上の利益が自動で生まれる生活に変化。

 

そして親への信用も無事取り返すことに成功しました。
(その変遷は後ほどお話していきます)

 

さて、
このブログのコンセプトについてですが。
このブログのコンセプトは
記事のタイトルにもありますように

    BSI

これはBuild a source of incomeの略で
日本語にすると収入源の構築という意味です。

 

つまり複数のキャッシュポイント(収入源)
を構築していこうということです。

 

ではなぜ、
複数のキャッシュポイントを構築していく必要があるのか。

 

それは僕は
金銭、時間、精神、身体
この4つの自由度を際限なく上げていく
ことを常に目標としています。

 

 

どういうことかというと
この4つの自由度を上げること。
それが今現在、僕が人生をより満足に、
楽しく毎日を過ごすためにやっていることです。

 

 

というのもこの4つというのは密接に関わっていて
お金がなければ、
日常生活で生きていくため
最低限のお金を稼がなくてはならない。
なので労働をする必要性がでてくる。

 

 

でもそうなると、忙しくなり
時間的にも精神的にも余裕がなくなっていく…

 

逆に言えばお金があることで、
時間的な縛りや精神的なやっかみは激減します。

 

お金があると、
それだけで自信がついたりもするし

お金が自動的に増えるやり方を知り、
常にお金を稼ぎたい時に稼げるという状態にすることで、
心の余裕が生まれ

 

 

その結果、
他者に対して優しくなることができたり
広い視野で物事を見れるようになったり。

つまり、心のキャパというのが上がるんですね。

 

 

お金に対する自由度が上がると、
心の余裕と時間の余裕の両輪さえも
同時に得ることができる。

 

また、身体の調子が悪い人だったら、
お金があれば、病院に行き身体を治すこともできます。

 

これがこの4つは
密接に関わっているということです。
そしてそれは複数の盤石な収入源を構築する
BSI)ことで可能となってきます。

 

 

ちなみにここでいう収入源とは
自分が働かずしても収入が自動的に入る仕組み
という意味での収入源です。

 

当たり前ですが、
コンビニとスーパーのアルバイトを掛け持ちする
とかそういう話ではありません。

 

そしてこのブログでは、
僕の経験を交えた
真の意味での時間を増やす方法や

心を豊かにする方法、
身体を健康にし、最大限のパフォーマンスを発揮していく方法
などを書いていきます。

 

 

興味をもった記事から是非、
読み進めていってください。

 

そして僕がこのような活動をしていく中で
僕の過去の経歴も共有しておくと、
このブログの内容をより理解しやすくなるかと思います。

 

なので僕の過去の物語を今からお話ししていきたいと思います。
少しばかりお付き合いください。

幼少期~小学校時代
常識という呪縛に縛られた親。僕は常に自由を求めていた

まず、最初に自分の幼少期から小学生時代の話をする。

 

小学生時代の自分は特段目立つタイプではなかった。

 

足は速くて勉強はまあできる。
めちゃくちゃできるわけでも、めちゃくちゃできないでもなく、
基本はなんでもできるんだけど、秀でて1番というものはないし
静かなタイプだったので、目立つタイプでもなかった。
女の子からはモテなかった。

 

 

ただ、根拠のない自信だけは人一倍あった。
その所以は、今もわからない。

 

もしかしたら、祖父母の影響かもしれない。

祖父母は
あなたならなんだってできるのよ
あなたは今のままでいいのよ
と自己肯定感をあげることをよく言ってくれた。

 

結果的にそれは自分の中で自信につながっていった。

 

一方、両親に関しては真逆で
何かと決めつけたがるそういう人たちだった。
僕は小学校の頃からその姿勢が気に入らなかった。

 

物事は多方面からの見方があって
それが絶対ということはない。

 

僕は精神的にも身体的にも
圧倒的な自由を求めていた。

 

もしかしたら縛られるのが極端に嫌なこの性格は
両親が反面教師になったのかもしれない。

 

母親は人目を極端に気にする人だった。

 

学校ではやりたくもないのに
PTAをやったりと

八方美人でみんなにとにかくよく見られたがる
そんな人だった。

 

それで外で
散々ためてきたストレスを
家へ帰ったらぶちかます。

そんな人。

 

僕はそんな母親を
子供ながらに未熟だと思っていた。

 

また、両親は
あなたは私たちの血が入っているからこうだ。
と何かと決めつけたがる人たちでもあった。

 

僕はそういった態度に
常に納得がいかなかった。

 

おそらく小学校段階ですでに
両親に対する尊敬の念がなかったのだと思う。

 

自分がこの親から生まれてきた
と思うのがとても嫌だった。

 

そう思われないのは
間違いなく親の責任なのに

それを感情論でねじ伏せようとする両親には、
小学生ながらに辟易していた。

 

 

そして僕はなぜか
自らを天才と思っていた。
(天才ではないと気付くのはあとの話)

 

愚痴みたいな話になってしまうけど
僕の両親は僕のこの根拠のない自信に
拍車をかけるべきだった。

 

両親には毎日のように
「お前はおかしい」「変だ」
と叱られていた。
あなたがやっていること、考え方は常識外だと。

 

なぜ
と問うと
「頑固ね。言う事聞きなさい!!」
と叱られる。

 

それに対して
なぜ
と問い続けると
げんこつという名の暴力を振るわれる。

 

僕はいつも
ロジカルに物事を説明できないからと
感情論で叱り、
さらに言うことを
聞かないと暴力で解決する

両親のその姿勢がすごく気に入らなかった。

 

 

何事も、物事に絶対ということはない。

 

仮にいうことを聞くのであれば
僕には理由が必要だった。

 

ただ、毎日のように
あなたはおかしいと
否定され続けるもんだから
僕の中での自己肯定感はだんだん薄れていき、
小学生時代の僕は
どんどん自信がなくなっていった。

 

 

まだ小学生の僕は
心がそんなに強くはなかった。

 

そして
僕の両親は超絶に常識を重んじる
超常識人間だった。

 

常識という言葉は
時に思考停止を意味する。

 

他の記事でも言っているけど
常識は多数派の集まりであって、それが必ずしも正しいとは限らない。

親の言うことを聞くのをやめよう。
そう決意した小学生時代のお話

小学校の頃の印象に残っている
エピソードを2つ紹介する。

1つ目

両親は僕に対し
「みさきは頑固な子ね。」
と毎日のように言っていた。
「あなたは本当に頑固ね。」
と。

 

叱るときは必ず言っていたんじゃないか?
というぐらい毎日のように言っていたのを覚えている。

 

ただ小さい頃の僕は、親と比べたら頭が良すぎた。

 

僕には芯があったから
叱られた時も
理由なしでイエスマンになること
それだけはできなかった。

 

 

僕には必ず、理由が必要だった。

 

あなたは頑固という言葉は
論破できなかった時に最終手段として使う言葉だ。

 

それを毎日のように言われていた
そんな記憶が残っているということは
僕の両親は感情に任せて僕を叱っていたということ。

 

 

それでなぜ?と問い詰めると
げんこつという名の暴力を振るわれる。

 

僕はロジカルに説明できないからと
暴力で物事を解決しようとする両親のその姿勢に
常に納得がいかず、
そうするとまた暴力をふるってくるものだから

それが悔しすぎて小学校低学年の頃とかはよく泣き叫んだものだ。

 

 

僕にはしっかりとした芯があった。
両親のようにだけはなりたくないと何度思ったことか。

 

そのくせ僕の父親は
何か成果を出すと
さすが俺の子だ
とかわけのわからないことを言ってくる。
そんな父親。

 

あんたのDNAはいらん…

 

僕はそういう姿勢に対して
どうしても、
嫌悪感を感じずにはいられなかった。

 

誤解を招きそうなので先にお話しておくと
僕は特段悪い育ちではない。
しっかり食事も出てきたし
親も東証一部上場企業の部長で
世帯年収も平均よりは高い。

 

 

ただ、
何かと押さえつけたがる、
決めつけたがる、そういう両親だった。

 

だから物心ついたときから
家を出るまでの23年間
自分の中での発言や行動の自由度
というものがかなり低くて
なので心の中でかなりの閉塞感を感じていて、
家にいるのがとにかくしんどくて、仕方がなかった。

 

 

そんな両親が僕の反面教師となった。

 

それは僕に思考力や
思考なし常識を
ただ盲目に信じるのは
アホがやることということを教えてくれた。

 

そう考えると、そこは感謝すべきだ。

 

2つ目

僕は小さい頃から
親によく、いい大学へ行くようにと言われていた。

 

頭がいいとか勉強できることが素晴らしい
という教育を小さい頃から受けてきた。

 

それに関しては僕も
盲目的に信じていたというか
どちらかというと
頭がいい=かっこいいという感情で
なんとなく将来は東大にでも行ってやろう
そう思っていた。

 

 

なんとなく俺なら行ける
そう思っていたのもある。

 

ある日のこと。
小学校1年生ぐらいのことだろうか。

 

当時、母親が仲良くしていた友人と
半日2人で過ごすこととなった。

 

詳しくは覚えていないんだけど
小さい頃はよく遊んでもらっていたみたいで
その日は母親が何か用があっただとかなんかで
半日面倒を見てもらうことになったとか
そんな感じだったと思う。

 

 

その日は半日、公園に行って遊んでもらったり
散歩などをした記憶がある。

 

その母親の友人をAちゃんとする。
僕もAちゃんとその人のことを呼んでいた。

 

僕はそのAちゃんに対し、
自分は勉強しなくとも勉強が凄くできる
そんな自分は
将来は東京大学へ行くんだ
みたいな素直な感情を話した。

 

 

悪いことではない。まだ小学校1年生だ。

 

Aちゃんは僕が言ったことに対して
否定をしない。そういう人だった。
そんなAちゃんに対して、僕は心を開いていた。

 

普段母親には言えない本音を
その日Aちゃんにはたくさん話した。

 

なぜ母親には言えないのか?
というと、母親はよく
東大は別格。あなたは私の子だから早慶を目指しなさい。

と家で言っていたからだ。

 

 

何度か僕は東大へ行く
みたいな類の発言をしたことはあったと思う。

 

ただそう言うと
その都度、母親は根拠もなく
絶対無理。東大は別格だから。
と僕に言ってきた。

 

僕は幼心でこれもバカだと思った。
もし仮に東大が別格なら
別格になればいいじゃないか。
というか俺は別格だしぐらいに思っていた。

 

 

話を戻す。
子供と話すのがうまく、話を引き出すのがうまい
そんなAちゃんに心を開き
普段母親には言えない本音を
その日Aちゃんにたくさん話したと思う。

 

 

正確には話してしまった。
これは僕の中で完全なミスだった。
母親に話が回ることを脳裏によぎらせつつも
話してしまったのだ。

 

そのなかで一番印象に残っているのが
東京大学のくだりで

 

結局、どうなったのかというと
半日も終わりAちゃんの帰宅後、
僕は母親に理不尽にも叱られた。

 

母親とAちゃんはかなり仲が良かった。

 

Aちゃんが帰る前、
母親が戻ってきたタイミングで
Aちゃんは僕と話した内容について母親に話した。

 

みさきはこんな凄いんだって!
東大いくんだってさ。素晴らしいよ!
こんな言い方で。

 

僕は嬉しかった。

 

Aちゃんが帰ってからは
「恥ずかしいからもう2度と
周りの人にそんなことは言わないで!!」

とすごい勢いで母親に叱られた。

 

僕は号泣した。

 

なにが恥ずかしいのだろうか
全く理解ができない。
理解できなさすぎて、ただ悔しいし悲しかった。
このことは一見大した話には思えないかもしれない。
ただしっかり僕の記憶に残っているし
僕はその時ショックだった。

 

 

ただ、ショックだった。
小さい頃の記憶はそんなあるものでもない。
その中でもしっかり、記憶に刻まれていることの一つだ。

 

でも、この経験も
僕にとってしっかりと両親を反面教師にしてくれた。

 

両親の口癖は
「それはそういうもの」
とか
「それは常識だろ」
だった。

 

物事に絶対ということはない。
いい側面も悪い側面も必ずあるはずだし
それを加味したうえで、最終結論を出すべきだ。
それができないのは、単にモノの見方が狭いだけだ。

 

 

こと両親に関しては
思考という概念が全くなかった。
常識という盲目的なルールが彼らの判断基準だった。

 

僕はそれに納得がいかず、
ひたすら
なぜ?を追求し続けた。

中学~高校、浪人時代
大学へ行く意義を感じず悶々と過ごす日々

中学は特段変哲のない3年間を過ごしたと思う。
なので割愛。

 

高校は私立の偏差70の高校へ進学。

 

勉強はあまりやらずともできるほうではあったが、
真面目ではなかったために内申点はかなり悪く
内申の影響しない私立の高校へ行くことに。

 

そこはかなり真面目な学校で
まさに大学受験に特化したというような進学校。

 

学年の半分以上が
早稲田、慶応といった
難関の大学へ入る。

 

1の最初のオリエンテーション時から
3年間はあっという間
なので、1年時から受験を意識するように!」
みたいなことを言われる(笑)

 

 

そんな学校だ。それゆえまじめな人が多い。

 

そんな僕は勉強が大嫌いだった。
中学の頃は、
正直なんとなく勉強ができてしまっていた。

 

しかし高校ともなると内容が難しくなる。
授業中は理解できたとしても
いざテスト本番になると
復習していないと、当たり前だが忘れている。

 

 

僕は高校へ入学してから3年間にわたり
どうしても勉強する気が起きなかった。

 

というのも、そもそも大学へ行く意義はあるのか
ということを感じていたし

 

それより当時の僕は、洋服がかなり好きで
将来はアパレル関係の仕事に就きたいと考えていた。

 

なので洋服の専門学校に行きたかったのだけど、
両親に盲反対された。

※それ以上に勉強する気が消え失せてしまった
最もたる理由は、こちらの21ページから
(高校時代のいじめ、両親との関係の話)

 

というのも、
中学の内申が悪かったのが原因で、
仕方なく私立の高校へお金かけてもらい
入学させてもらったという節があるのと

 

僕の高校は
大学は難関大学へ行くのが当たり前の高校で
専門学校へ行く人間など一人としていなかったからだ。

 

親もいい大学へ行き、大手企業へ勤めれば安泰
そんな考えの両親だった。

 

父は東証一部上場企業の部長ということもあり
アパレルなどに就職してしまえば低収入で
家族も支えていけないだろうと言語道断。

 

認めてなどもらえなかった。

 

そんなこんなで3年間全く
勉強する気が起きず
赤点、追試をひたすらに繰り返した。

 

高校3年の受験時も
そもそも卒業できるのか?w
といった感じで追試を受けていた。

 

そんな感じだったので
当然のごとく現役時は大学受験は全落ちし
僕は浪人することとなった。

 

浪人時代は地元の予備校へ通う日々。

 

しかし浪人時代も全く勉強する気が起きず
予備校と家を往復する毎日。

 

勉強は全くといっていいほどしていなかった。

 

なので偏差値1も上がらず
結局現役時代でも受かったであろう大学へ入学。

 

この時点で両親と僕との
信頼関係は壊滅状態に近かった。

大学時代 初めてのビジネス(営業)との出会い

大学へ入学してからも悶々とした日々が続く。

 

普通大学は楽しい人がほとんどだろうが
かくいう僕は、大学が全くと言っていいほど楽しくはなかった。

 

まず、僕の大学は
田舎のほうにあるためお洒落な人が皆無だ。

 

理解できないかもしれないが
僕は洋服が好きすぎたために
洋服の話ができる友人のいないその環境は、
僕にとって苦痛でしかなかった。

 

 

当時の僕にとって
ファッションは食事と同じぐらい
重要度が高かった。

 

さらに田舎なので、都心の原宿などに
洋服を見に行くこともできない。
(定期も真逆だ)

 

そんな大学は、僕にとって苦痛すぎて
すぐに通わなくなった。

 

家を出ては服屋を回ったり近所でサボる毎日。
頃合いを見て、帰宅する。

 

そんな日々が続いた。

 

そのため大学では単位を落とし留年。
その翌年も留年した。

 

あげく、洋服を買うために
学生ローンで借金までしていて
その返済に追われていた。

 

親には
「お前は社会不適合者だ」
と言われ、両親との関係は破滅状態だった。

 

僕の初めてのビジネスとの出会いは
2回目の留年が決まる3ヶ月ほど前
2014年の1月のことだ。

 

当時の僕はアルバイトの面接にもなかなか受からず
(チェーン店の居酒屋でさえ落ちる始末)
せっかく受かったアルバイトも
仕事をやるのが苦痛すぎてすぐに辞めてしまう。

 

そんな僕は
とにかく楽して

月収50万ほど稼げるバイトはないか
と模索していた。

 

そんな仕事あるわけなかろう。

 

しかし、当時の僕は
楽してお金を手にいれたくて
仕方がなかった。

 

会う人会う人に
楽して稼げるバイトはないのか?
そう聞いて回った。

 

そんなとき、たまたま同じ大学の知り合いから
営業の話が舞い込んできた。

 

どうやらその知り合いは
その営業とやら
で月収50万ほど大学生にして稼いでいるらしい。

 

んん
正直、怪しい…

 

ただ、怪しさよりも勝って
僕はとにかくその話が聞いてみたかった。

 

話があった1週間後に
僕はその会社の社長に直接
その会社のオフィスで話を聞くことになる。

 

聞くところによると
どうやらその会社はベンチャー企業で、
報酬形態はフルコミッションという完全歩合制。
(営業の世界にはよくある、
固定給ではないので個人事業主、つまりビジネス)

 

ゆえに契約が決まれば決まるほど収入がうなぎのぼりに増えていくという。
(その会社は学生もOKらしい)

 

販売していくものの単価も大きいので
1契約で月収30万ほどは余裕という話だった。

 

僕はその話にとても魅力を感じ
すぐに始めることを決意した。

 

内容は
不動産や高額コンサルの営業をしていく
というものだった。

 

実際にその活動を始めたのが2015年の2月ぐらいで
正直そこから2か月間は
大学が進級できるかだとかなんだとかで
親と揉めに揉めまくり、
営業の仕事どころではなかったので
時間だけが経過していった感じだ。

借金500万、コンビニバイトで120時間労働
起業し1年で月収3000万超え

2回目の留年が決まったのと同時に
僕が勝手に退学届けを出し大学を辞めたので
両親とは死ぬほど大喧嘩し、
僕は家を出て営業の仕事を本気で始めることを決心した。

 

 

実際に営業を始めてからすぐ
僕はある勧誘をうける。

 

それは簡単に言えば、携帯の転売ビジネスの話。

 

結局僕はその人間と一緒に
転売ビジネスをやることとなり
営業は一旦辞めることになる。

 

で、その後だが
どうなったのかというと。

 

1年半ほど一緒にやり
毎月30万ほど儲かってはいたものの
最後はそのビジネスパートナー
にここに詳しくは書かないが
借金500万だけ押し付けられて逃げられた。
(仲の良い友人も全員離れていきました。
この時の心情はこちらのレポートで詳しく書いています。)

 

 

当時の僕は
唯一頼れるであろう親との関係も絶縁状態。

 

取り返しがつかなくなり、
コンビニで
120時間働く日々が続く。

13件のコンビニを回り
コンビニアルバイトだけで、月に40万ほど稼いだ。

 

2か月死に物狂いで働いたとき
(さすがに毎月の返済があっても少し余裕が出てくる)
あることを思い出す。
大学時代に聞いた営業の話だ。

「そうだ、営業の社長にお願いして、再度営業をやらせてもらおう」

 

すぐに連絡して今の状況を事細かに話す。
あっさりOKをもらった。
そこから営業を始めることになる。

 

20167月のことである。
気づいたら月日が大分経過していて
時間を相当無駄にしたと思う。

 

結論からいうと
そこから半年で僕は
月に400万を稼ぐセールスマンとなる。
(ちなみに営業は好きでも、得意なわけでもない)

 

 

正直大それたことはやっていないが
僕はお客さんに対して、常に本音に近い話をすることを心がけていた。

 

一方、自分の先輩方は綺麗ごとばかり並べるもんだから
契約が決まらずに、四苦八苦していた。

 

僕も最初の1ヶ月目は営業で契約が決まらず困っていたが
2ヶ月目からはしっかり契約が決まり
月に100万ほどの収入を手にすることとなった。

 

この時点で
僕のお金に対する価値観は完全に崩壊した。

 

営業を20167月からやり始めて
半年後の20172月の頭から
僕は同じような形態の営業会社で独立をした。
(法人化は20175月)

 

実際起業してからも紆余曲折はあったものの
単価の高いものと利益率の高いものを扱うことを意識し、
自社商品を販売したり
他社商品の営業代行をする会社を
20人ほどのスタッフを雇い行っていった。

 

 

その結果、法人化してから1年後の20185月には
労働収入ではあるものの
月収で2800万ほどの収益を得ることに成功した。
(単発収入などを含めた5月の収入は3000万超え)

 

この時点で僕は半ば有頂天になっていた。
いつまでもこの状況が続く。そう思い込んでいた。

 

そして
もしかしたらこれは急に大金を稼いだ人
あるあるなのかもしれないけど
そこで稼いだお金をとことん遊びやブランド物に費やしていた。

 

部下に奢ったりなどを度が過ぎるぐらい
毎日のように行っていて
預貯金がほぼなくなるぐらいまで毎月使い込んでいた。

 

さらにリスク高めの投資案件にお金を突っ込んだりして
結局、全額お金を溶かすなど散々だった。

 

それでも毎月大金が入ってくるものだから
完全に感覚が麻痺していたと思う。

仲間に裏切られ、一時収入が0に近い状態に。
依存度高いビジネスをやる危険性

半年後の12
突如として主要メンバー10人と連絡がつかなくなる。

 

僕のもともといた営業会社の元上司と、
僕の傘下のスタッフがお互い手を組んで飛んだのだ。

(元上司は営業の指導などができるので、交流をもたせていた)

 

 

そして元上司も同時に連絡がつかなくなった。
お金も数十万程度ではあるものの、持っていかれた。
残った少数のスタッフに聞いたところ、
元上司から報酬を多く出すから一緒に飛ばないかなどの提案があったそうだ。
(※飛ぶとは業界用語で、連絡をつかなくすること)

 

 

お金云々とか細かい話はあるんだけど
それよりも僕は信用していたスタッフと元上司に
裏切られたのが、とにかくショックでたまらなかった。

 

そこから1週間ほどは何も手付かずの状態で
ご飯も喉を通らない状態が続き、もはや仕事どころではなかった。

 

そこに怒りの感情とかは一切なく
むしろこんなことがあるんだという恐怖心のほうが大きかった。

 

さらにそこから2ヶ月の間はほぼ無収入に近い状態が続いた。

 

ここでの一番の盲点は、
依存度が高すぎるビジネスであったことと
そのビジネス一つに依存しすぎていたことだった。

 

スタッフの集客力ありきの
非常に依存度が高いシステムをとっていた
ということが最大の汚点だった。

 

さらにその状態がずっと続くと勘違いをしていたために
大切な資金を使い込んでいたこと。

 

上記2点が主な反省点だった。

 

ちなみにスタッフの数名は誘いはうけていたものの
裏切らずしっかり残ってくれて、
彼らとはいまだ楽しく一緒に仕事をしている。

20193月 ネットビジネスの世界と出会う

ネットビジネスの世界と出会ったのは、
そんなどん底の時で、時期にして20193月のこと。

 

僕は同い年の中では
かなり稼いでいるほうだと自負はしていた。

だけどこの世界を知ったときは、本当に衝撃だった。

 

23歳で月に1億稼ぐ人間や
1秒も働かず、月収100万を切らない人もいる。

 

営業という労働収入で稼いでいた自分は
ネットで収入が自動で入る仕組み作りをしている
という
彼らが全く持って意味不明だった。

 

僕は彼らのようになりたい。
そう強く思った。

 

他人への依存度が低く、自ら力をつけていくという
ネットビジネスの世界に魅了され、強い希望
そして憧れを抱いた。

 

これなら俺が昔からイメージしてきたこと
が実現できる!!

 

仕組み…他人をプロデュース…
表舞台で活躍する個人を輝かし
裏でその仕組みを構築するフィクサー的な仕事…
???
はっきり言って意味不明。
でも

これができたらめちゃくちゃかっこいい!!

 

台風の前の空の
どんよりとした雲の一点から
晴天の光がさすように
一気に心の中が明るくなっていくのがわかった。

 

そうこうしてるうちに
僕はネットビジネスに関する書籍や商材を
今まで稼いできたお金と時間のほぼ全てを投じ、

買いあさり学びまくっていた。

 

 

本物の富裕層の価値観や知識、
そして思考はこうなっているのか。
今までの常識が破壊された。

 

営業をやっていた時は
正直センスに依存していた部分があった。

だからしっかり学ぶという行為を蔑ろにしていた。

 

しかし、ネットビジネスの世界に入ってからは
学ぶことの大切さを痛感。そして学びまくった。

 

そして学べば学ぶほどに
価値を生み出して、お金を稼いでいける。

この感覚が楽しくなり
僕はビジネスの世界にドハマりしていった。

 

 

ただ闇雲にお金を稼いでいた今までとは
ビジネスに対する見え方が180度変わり
ビジネスが楽しくて、たまらなくなったのだ。

 

そしてその過程で、様々な人と出会い
僕は彼らから素直に学びまくった。

 

圧倒的な存在を目の前にすると、
今までのプライドが崩壊し、
素直に学ぶしか選択肢がなくなる。

 

結果として
僕のビジネススキルはどんどん上昇していき

その分収入もうなぎ登りに増えていった。

 

学ぶビジネスを作る人に感謝される
収入に反映されるさらに学ぶ
レベルが上がり価値提供しまくる
さらに収益が増える
余裕が出てビジネスをまた作る
さらに収益UP…
という正のスパイラル。

 

 

一度経験すればわかると思うが
この感覚はたまらない。病みつきになる。

 

学んだことが確実に価値になっている感覚
それが収益にもろ繋がる。
楽しすぎて仕方がない。

 

プライベートも充実するし
仕事も充実するし
これからの人生設計もあれやこれやと決まってくるし
やりたいこと、やれることがどんどん増える。
人生がどんどん楽しくなる。

 

 

さらに外注化など
他人に仕事をやってもらう方法なども学び、実践した。

 

そしたら仕組みが完成し
全く何もやらずとも利益が上がるようになった。
さらにそれを量産していった。

 

最近だと学んできた知識を生かし、
法人に対してコンサルティングを提供したり、
知り合いで困っている社長がいたので
経営改善のアドバイスをしたりもした。

余裕が出てきたので、最近は趣味に没頭。
そして趣味が仕事に生きてくる

このようなビジネス経験は、知識を根幹とした思考や
富裕層の価値観を得たからできたことです。

 

そして、それは圧倒的な自信になります。

 

また、最近は余裕が出てきたので
趣味の時間を多くとるようにしているのですが
僕の趣味としては

読書、
漫画、
映画やドラマの視聴
音楽鑑賞
ギター
ファッション

と、結構普通ですがこんな感じです。

 

読書は1年前にネットビジネスを始め、
学ぶことの大切さを理解してからというもの

本当に好きになりました。

 

普通にプライベートでも楽しいし、
それが仕事につながるということが
もろに想像できるのでそこが非常に面白いです。

 

また、読書の中でも
漫画を読むことは一見役に立たないことだと思うかもしれません。

 

ただ、
ビジネス構築=企画作り=シナリオ構成不可欠

とこのような構図
でできていて

なので圧倒的な利益を上げ、
そして顧客満足度まで取りに行くという際に
脚本家のようなシナリオ設計というものが必要不可欠となります。

 

 

漫画や小説、映画もそうですが、
そのシナリオの設計を学ぶ上で非常に役に立ちます。

 

そして、最近だと
医学や食事法といった
健康関連に関する分野も意欲的に学ぶようにしています。

 

やはり身体が資本なので、
まずはここを整えないと、幸せにはなれないし
精神も安定してはこないと僕は考えているので。
なので僕はこういった健康関係の知識を非常に大切にしています。

 

 

ですが、お金がない場合は
最優先はお金です。

 

資金的余裕を手に入れて
心と時間に余裕ができてこないと
結局身体は安定してはきませんからね。

 

まずはお金を稼ぎ、
その途中過程で時間と心も手にする。

 

これが今の僕の基本スタンスです。

ーーーーーーーーーーみさき物語終わりーーーーーーーーーーー

このブログのコンセプトをおさらいします。

いかがでしたか

 

僕はYoutubeとメールマガジンで、
情報発信をしているのですが、

「みさきはもともと頭が良いし、センスがあったからできた」

このようなことを言われることがあります。

 

ですが、そんなことはないと断言します。
というか、ビジネスでお金を稼ぐのに
頭の良さもセンスも必要はありません。

(もちろんあるに越したことはありませんが)

 

 

大切なのは、
圧倒的な素直さととにかく学びまくる
というこの2つです。

 

僕の場合だと
最初から自分ならできるという謎の自信があり
自分の才能に依存していた部分がかなりあったので
そこが成長するうえで足かせとなり
今の立ち位置に来るまでかなり遠回りをしてしまいました。

 

 

自分のくそみたいなプライドを捨てて、
とことん素直になってからというもの

成長スピードがえげつなくなり、
本質的なスキルを身につけて
根拠のある圧倒的な自信に変わっていきました。

 

 

運に依存するビジネスではなく
しっかりビジネスの原理、原形の部分から学んだので
新しく何かビジネスを始める際に
設計図が見えるようになったんです。

 

今この文章を読んでくださっている
読者の皆さま方には
ちょっとしたきっかけや知識、思考
それらが組み合わさることで、
人生はどんどん面白くなるし
見える世界が変わる
ということを強く言いたいです。

 

 

ビジネスは、
日本だと幼少のころから教育されないので
知らないだけで
日本人の理解力だったり
知識レベルでいったら
わからないはずがありません。

 

 

学べば学ぶほどにお金が手に入るし
時間もできてきて、
そしてまた学ぶことができてきます。
そして人生はどんどん豊かなものになります。

 

近い将来、
僕の情報発信をきっかけに変わる人が増えて
その話を飲み屋で共有とかできたら最高です。

 

このブログのコンセプトである

  BSIBuild a source of income)

をしていき、その結果として
金銭、時間、精神、身体
この4つが自由になることを目指していきましょう。

 

そのために僕はメールマガジンを発行しているのですが
メルマガでは、
より具体的かつ実践的なお話をしています。

 

無料なので、
興味がある方は、
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メールマガジンでしか流さない話もよくしますし
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以上になります。
それでは長いこと読んでいただき
ありがとうございました。

追伸

僕がビジネスの世界に入ってから、
月収3000万円の収入を稼ぎ、
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自動化の概念を知るまでの
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成功の裏の光、そして闇

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僕は起業から1年、
25歳の頃から月収で500万円といった金額を手にしています。

しかし過去の自分は
大学を2度留年。22歳で大学1年生、就職はしたくない。
全く実績がないにもかかわらず、プライドだけは鬼高い。

 それもあって、信頼できる友達もいない。
消費者金融、学生ローン、クレジットカードのリボ払いで
多額の借金(200万円ほど)をし、返済不能の状態に。
両親との関係は破滅状態で、大学を勝手に辞めたのを機に家から追い出される
など散々な状態でした。

今振り返ると、自分でも笑ってしまいます。

そんな社会不適合者に近い状態で
さらにいえばもとからビジネスが得意だったわけでも

才能があったわけでもなかった僕が
なぜあっさりビジネスで結果を残すことができたのか。

難しいことは何1つしていません。

どんな人でも稼いでいけるし、
学んでいけば誰でも自信を得て、
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